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瑠璃光寺 五重塔は一人の若い大工の墨書きから創建がわかった

日本三名塔のひとつ、国宝五重塔9塔のひとつ
 


 


瑠璃光寺五重塔建築年  : 1442年(嘉吉2年)

  

瑠璃光寺五重塔は、大内義弘の死後、弟の盛見(もりはる)が、兄の菩提を弔うために、香積寺の境内に五重塔を建立に着手した。塔が完成したのは1442年で着工から40年以上かかった。

かつて、五重塔は、応永10年に建てられたと言われてきたが、大内氏の資料の中に、五重塔の記録は全くといって残っていない。誰がいつ着手しどんな工程で40数年後に完成したのか

そんな中、大正4年の解体修理の時、ひとつの枡組(ますぐみ)に「嘉吉2年云々」の墨書きが見つかった。





解体修理を行った際、五層目の北側組物のうち、ひとつ重ねの面に、年号がかかれている巻斗が発見された。

「嘉吉二年二月六日 此のふでぬし廿七、年みつえいぬ」

「きたのすま七}

は斗の位置を示すもの

「五は十九」と濃い墨で書かれてあるのは大正の解体修理で書かれた組み番号である。

27歳の若い大工が最後に思いを込めて書いた筆書き


この大工を主人公に久木綾子さんにより、
「見残しの党ー周防国五重塔縁起」
が書かれています。著者は89歳で1作目として書き上げたものです。
年齢は想像できないほどの緻密さとパワーを感じます。

久木綾子さんはこの筆書きをこのように解説しています。
国宝の枡にのびのびと墨書きした謎の男。
「大工の一人の落書きにより判明」という誰かの解説を読んだとき、私は決して落書きではないと胸中で否定しました。これは魂の肉声であり、二十七歳の番匠が書くべきして書いた記録というのが私の小説の眼目です。

現在敷地内にある「瑠璃光寺資料館」に国宝として展示されています。

拝観料200円


 

瑠璃光寺五重塔 ご開帳

 

 

 瑠璃光寺 五重塔を取り囲む風景は、春夏秋冬、すばらしく趣がある。

国宝瑠璃光寺五重塔について
 


瑠璃光寺、五重塔一帯は公園として整備されている。
香山公園  うぐいす張りの石畳や明治維新のこと薩長の志士達が密談した・・・・・・・

 

専業主婦40年70歳から取材14年、89歳で出版された「瑠璃光寺五重塔」の小説
見残しの塔―周防国五重塔縁起
(文春文庫)

久木 綾子
4167801671

 

 

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